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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和32年(ワ)74号 判決

事実

原告等は被告オリオンタクシー株式会社が昭和三十年五月十一日振り出した約束手形四通の各所持人である。原告の右手形金請求に対し、被告会社は、本件各手形は被告会社代表取締役高橋忠夫の名義を以て作成されているが、右高橋忠夫は昭和二十九年九月二日被告会社の取締役を辞任し、その後は単に被告会社の株主に過ぎなかつたところ、被告会社の代表取締役である訴外中村浪司の招集に基かないで、昭和二十九年十一月二十八日ほしいままに被告会社の臨時株主総会と称する会合を開催し、同会合において、被告会社の取締役中村浪司、同梅田、同菅野は取締役を解任され、右会合に出席した高橋忠夫、上屋、田中、井上が取締役に選任され、右高橋忠夫は代表取締役となり、翌十一月二十九日横浜地方法務局横須賀支局に対し右解任及び選任を登記事項とする株式会社変更登記申請手続がなされ、その後会社登記簿上は右高橋忠夫が被告会社の代表取締役と記載されているが、右取締役の解任及び選任は、被告会社の臨時株主総会の決議に基くものではなく、無効であり、従つて右高橋忠夫は被告会社の取締役及び代表取締役たる地位を有せず、単に被告会社の株主に過ぎないのである。このように、被告会社の正当な代表権を有しない者の作成にかかる本件各約束手形の振出行為は絶対無効である。と争つた。

理由

原告等の請求は、要するに、被告オリオンタクシー株式会社が何れも昭和三十年五月十一日、訴外高橋忠夫宛同人を受取人として振り出した本件各約束手形を、原告等が右高橋忠夫より裏書譲渡を受けその所持人となつたということを理由として振出人たる被告会社に対し右手形金の支払を求めるというにあるところ、被告会社は、本件各約束手形は被告会社代表取締役高橋忠夫の名義で作成されているが、右高橋忠夫は本件手形振出当時被告会社の代表権限を有せず、従つて振出行為は無効である旨主張するので按ずるに、右高橋忠夫は昭和二十九年一月の被告会社創立以来の代表取締役であつたものであるが、被告会社の経理状態が悪化したためその再建のためと且つはその責任上昭和二十九年九月二日開催された取締役会における各取締役申し合せの結果、同日附を以て右高橋を含む全取締役が辞任したことを認めることができる。次に、証拠によれば、昭和二十九年十一月二十八日に開催せられた被告会社の臨時株主総会においてなされた高橋忠夫、土屋、田中、井上を被告会社の取締役に選任する旨の決議並びに同日右株主総会に引き続いて開かれた被告会社取締役会において高橋忠夫を代表取締役に選任する旨の取締役会決議は何れも無効である旨の横浜地方裁判所の確定判決があることが明らかである。してみると、本件約束手形を振り出した昭和三十年五月十一日当時においては被告の主張するとおり、高橋忠夫は被告会社の取締役でも代表取締役でもなかつたことになるから、全く被告会社を代表する権限のない者が振り出した手形であるということとなり、従つて本件各手形の振出行為は無効であるといわなければならない。

もつとも原告は以下の点について別に主張も立証もしないが、一応次のようなことは考えられる。すなわち、昭和二十九年九月二日当時における被告会社の取締役は高橋忠夫(代表取締役)高橋美子中村浪司、梅田寿、菅野賢、井上義信の六名であつたところ、全員辞任すれば法定員数の取締役を欠くことになるので、商法第二百五十八条第一項の規定により新たに取締役が株主総会において選任されて就職するまで従前の取締役はなお取締役の権利義務を保有するということはいえる。そうすると高橋忠夫は或いはこの理由により本件手形振出当時なお代表取締役としての資格を有し、この資格に基き適法有効に被告会社を代表して本件各手形を振り出したのではないかとの疑がないでもない。しかしこのように解するならば、本件手形の振出については商法第二百六十五条により被告会社取締役会の承認を要するのであるが、右承認のあつたことを認めるに足る証拠はない。高橋忠夫の尋問結果によると、右高橋は昭和三十年五月十一日(本件各手形の振出日)にその承認があつた趣旨の供述をしているけれども、右高橋としては昭和二十九年十一月二十八日の株主総会で選任された取締役(高橋忠夫、土屋、田中、井上)を以て構成された取締役会の承認を指しているのである。ところが右昭和二十九年十一月二十八日の株主総会決議は前記のとおり無効なのであるから、右決議により選任された取締役会としての行為は法律的には無効といわなければならず、従つて仮りに右取締役会の承認を得たとしても何にもならないわけである。承認を得べき取締役会の構成員は前述の如く昭和二十九年九月二日現在における高橋忠夫以下六名の取締役である。然るに右取締役会の承認があつたことを認める証拠は何もないのであるから、右の承認がない以上、本件手形振出行為はこの理由によつても無効といわなければならない。

よつて原告等の請求は理由がないとしてこれを棄却した。

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